先日は私事で予約頂いていた皆さまにキャンセルをお願いして誠に申し訳ありませんでした。

ご存じの方もいるかとは存じますが母の葬儀で臨時に休診する事となりました。ご迷惑をお掛けした皆さま方には改めてお詫び申し上げます。また母が永眠した6月15日「享年82(80歳没)」までの三ヶ月について少し筆を執らせて頂ければと思います。

私の母は飲食店を営んでおりましたので以前から肩こりはありましたが今年に入り毎日のように右肩が痛いと訴えるようになりました。おかしいと思った姉が今年3月に折尾にある産業医科大学病院に連れていきました。

検査の結果、胆管内にある悪性腫瘍で大きさとしても手術はムリで余命は数ヶ月と告げられたのが3月20日の事です。そのような理由から通っていた太極拳の教室もお休みし出来るだけ休診日は実家の母に会いに行くようにしました。

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最初の頃は実家で静養していたので何回か実家で母に鍼灸治療も出来ました。また物忘れも最近多くなり自身の病名で動揺させたくもなかったので姉と相談して告知はしないことに決めました。

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とにかく家にいる事が好きな母でしたので入院しても週末は姉が車で連れて帰り実家で過ごす事が多かったです。しかし強い痛み止めの影響か徐々に自分の脚で立つ事が出来なくなって行きました。

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自分が見舞いに行っても「仕事が忙しんだろうからそんな頻繁に会いに来なくていいから。」といつも気を遣う性格です。

そんな母が亡くなる前日に今まで見た事がないくらい不安そうに「頭や身体の芯が震える」、「身体が引っ張られる」と言い「誰か力のある人を連れてきて!」と言うのです。私が誰を連れてくれば良いのか?尋ねると「誰でもいいから力のある人を連れてきて!」と。

そこで「私もしくは母をお守り頂いている大いなる存在の方、私の声が聞こえるのでしたらどうぞ母をお守り祝福をお与えください。」と心の中で祈り母の手を握り続けました。そうすると不思議と母の震えが止まり「お母さん、震え止まった?安心した?」と尋ねると「ああ、ホント震えが止まった!安心した。ありがとう。」と言って気持ち良さそうに眠りにつきました。

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その翌日には意識がなくなり肩で息するように呼吸が荒くなり何回か一瞬目を開けることもありましたが焦点が定まっておらず、その後徐々に息がゆっくり浅くなり夕方16:55に穏やかな顔で永眠しました。

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息を引き取った日が私の休診日であり最後まで私に手間を掛けさせない気丈な母でした。自分の事はあまり多く語らない人で昭和10年の戦前生まれ。過酷な時代を生き抜き子供の頃は歳を偽り炭鉱で働いたそうです。

兵庫で出稼ぎの最中に私の姉が子供の頃、生死をさまよう高熱を出した時にはすぐに夜行で北九州へ戻り看病して職場へ戻った時にはすでに解雇されてたりと苦労も多かったようですが母の口から聴いた事は一度もありません。

40歳を過ぎてからも私を育てるため一から飲食店を始めたりと自分も同じ歳になって初めて母の苦労が理解出来るようになりました。無償の愛をたくさん与えてくれ本当に愛すべき献身的な母でした。

無条件にどのような状況でも必ず助け味方をしてくれる、そんな存在がいなくなるのはやはりさみしいものですね。

天国で今か今かと待っている父と焼酎を酌み交わしゆっくりと穏やかな日々を過ごしている事を願いつつ母の冥福を心より祈りたいと思います。